【アルプスの少女『ハイジ』の光】
のどかにひろがる昔(むかし)ながらの小さな町、マイエンフェルトから、一すじの小道が、木立(こだち)の多い緑(みどり)の牧場(まきば)を抜けて、大きくいかめしくこの谷を見おろす山々のふもとまで続いています。
広大な山の広ごりに生きる少女、純粋な心を持ったハイジの物語は、
一本の道を見つめる場面から始まります。
幼いころ両親を亡くしたハイジが、アルムの山小屋にひとり住む、変わり者のアルムおじさんに預けられ、美しい山々と自然に囲まれて、すくすくと成長していく姿が描かれる児童文学の名作です。
ハイジと言えば、TV・アニメ「アルプスの少女ハイジ」(1974)のイメージが根強いですね。
くちぶえは なぜ
とおくまで きこえるの
あのくもは なぜ
わたしを まってるの
おしえて おじいさん
おしえて おじいさん
おしえて アルムのもみの木よ
ちなみに作詞は、岸田衿子(作曲:渡辺岳夫)。
岸田は童話作家、詩人で、女優の岸田今日子の姉としても知られていますが、
優しくユーモラスな絵本創作、翻訳など、豊かなことばの仕事を数多く残しています。
アニメーションの仄かな記憶の温もりを胸に残しながら
原作を読み解くと、思わぬ魅力に立ち止まります。
字を覚えたハイジがペーターのおばあに讃美歌や古い歌の本のことばを朗読する場面。
金色の太陽(たいよう)は
よろこび さいわいにみち
かがやきながら
わたしたちにもたらす
さわやかな 心なごむひかりを
うちひしがれて地にあった
わたしの頭(かしら) 手足
けれども いまは立ち上がり
面(おも)あげて
はれやかにほがらかに 天をあおぐ
ハイジの声に、ことばに、おばあは、ゆったりと癒され、胸に温かい喜びが広がってゆくのです。
ハイジの存在は、まるで神の光のように登場人物の心を照らしていきます。
人間嫌いだったアルムじいの心を溶かし、病弱なクララの生活にユーモアと明るさを届け、寂しさや孤独に陥りそうになる、目の見えないおばあの胸に、心の光を、生きる日々の希望を呼び覚まします。
作者のヨハンナ・シュピーリは、スイス、チューリッヒ湖南岸の山村ヒルツェルに生まれ、父は近隣に信望を集める医者、母は、この村の牧師館の娘で、閨秀詩人メタ・ホイサーとして数々の詩をつくったそう。
医師、詩人、牧師、の血をひくシュピーリが描く世界には、人々の悩みや痛みを労わり、ほぐし、癒しを与えるそんな力が宿っていたのだと感じます。
「いたるところ金色のやわらかい花びらのシストが、日をあびてにっこりうなづきかけている」アルムの美しい自然描写とともに、一点の曇りなく、人の善良な優しさへとまなざしを注ぎ続けるハイジの姿に胸が熱くなります。
ご興味がありましたら、ぜひ、原作を開いてみて下さいね。
0コメント