鉄幹、白秋、杢太郎、萬里、勇、五人づれの旅とは?
ある日、図書館で何気なく見つけた薄い岩波文庫の緑。
五人づれ著『五足の靴』。
いったい五人づれとは、誰なのか。
不思議に思ってひもとくと、それは、文学青年たちの旅の記録でした。
時は、1907年、明治40年夏、7月下旬から、8月末にかけて。
東京新詩社の雑誌『明星』に集う詩人たち、与謝野寛(後の与謝野鉄幹)、北原白秋、平野萬里、太田正雄(後の木下杢太郎)、吉井勇(いさむ)、5人が、九州を旅行した際に残した貴重な紀行文だったのです。
長崎、平戸、島原、天草、熊本、柳川などを巡って、南蛮文化を学んだり、土地の人々と交流したり、文学仲間と親交を結んだり、盛りだくさんの旅でした。
旅行記は、同年8月7日から9月10日にかけて、『東京二六新聞』紙上に連載されました。
なお連載時、執筆者は匿名で、表題には「五人づれ」、文中では与謝野鉄幹は「K生」、太田正雄(木下杢太郎)は「M生」、北原白秋は「H生」、平野萬里は「B生」、吉井勇は「I生」、と書かれ、文を誰が書いたかは、明確に示されていませんでした。
でも、これは白秋かな、ここは鉄幹だろう、と予想しながら読む楽しさがあります。
匿名で、リレー執筆という発想が面白いですね。
みな詩人、歌人たちなので、風景描写が鮮やかです。
年齢は20代から30代、みな若く、これから仕事を重ねていくというときです。
みんなで宿に雑魚寝したり、船酔いに苦しんだり、夏なので、スイカをよく食べていたそう。食べ過ぎて下痢したり。可愛らしいエピソードも。
また、白秋のふるさと、福岡県の水郷の街、柳川の白秋の家に皆で行くと、坊ちゃんの文学仲間が来た! と大歓迎だったよう。
文中、印象に残ったことばがあります。
「我ら若き者は今日の歓楽に耽って明日の悲哀を思わず、一日一日を美くしく過したいと望む。これがまた実に若き日の誇(ほこり)だ。」
若々しい精神性は、年齢を問わず大事なことですね。
また、一緒に読むとさらに面白いおすすめの一冊をご紹介します。
森まゆみさん著作『「五足の靴」をゆく 明治の修学旅行』(平凡社)。
詩人たちの仕事の内実と、自らもその土地を巡って書かれる旅エッセイ。
さあ、とカバンを持って、旅立ちたくなる、そんな旅情を誘う一冊です。
調布FMラジオ「神泉薫のことばの扉」放送分アーカイブにて、五人づれ『五足の靴』一部を朗読、内容のご紹介など、詳しくお話しています。
※写真は福岡を訪れた際の五人。後列学生服姿が白秋。全列右から4人目、学生服姿が勇、勇の肩越し正雄(杢太郎)、勇の左隣が萬里、萬里の真後ろ、髭をたたえているのが寛(鉄幹)。
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